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名古屋地方裁判所 平成9年(ワ)4341号 判決

原告

門脇雅良

被告

坂野弘一

ほか一名

主文

一  被告村上泰弘は、原告に対し、金七七万八四五〇円及びこれに対する平成一〇年八月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  被告村上泰弘の訴えを却下する。

四  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告村上泰弘の、その余を原告の負担とする。

五  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

(平成九年事件)

被告坂野弘一は原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成九年事件訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(本訴事件)

被告村上泰弘の原告に対する別紙事故目録2記載の交通事故による損害賠償債務は金二〇万七〇〇〇円を超えて存在しないことを確認する。

(反訴事件)

被告村上泰弘は原告に対し、金二七五万〇六〇〇円及びこれに対する反訴事件反訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が被告坂野弘一(以下「被告坂野」という。)に対し左記一1の交通事故につき民法七〇九条に基づく損害賠償を請求する事案(平成九年事件)、原告が被告村上泰弘(以下「被告村上」という。)に対し左記一2の交通事故につき民法七〇九条、自賠法三条に基づく損害賠償を請求する事案(反訴事件)及び被告村上が原告に対し左記一2の交通事故につき損害賠償債務が一定額を超えて存在しないことの確認を求める事案(本訴事件)である。

一  争いのない事実

1  交通事故(第一事故)

別紙事故目録1記載のとおり

2  交通事故(第二事故)

別紙事故目録2記載のとおり

3  責任

被告坂野は、第一事故につき前方安全確認義務違反(不注視)の過失があり、被告村上は、第二事故加害車両の保有者であり、かつ、第二事故につき前方安全確認義務違反(不注視)の過失がある。

二  争点

1  第一事故と原告の肝機能障害及び血管拡張性肉芽腫の因果関係の存否

原告は、第一事故による外傷性肝のう胞により肝機能障害となった、また、外傷により血管拡張性肉芽腫が発症したと主張し、被告坂野はこれを争う。

2  第一事故による原告の後遺障害の有無

原告は、第一事故により腰椎に著しい運動障害を残し、かつ、肝機能障害が生じているから同事故による後遺障害等級はいずれも六級を下らないと主張し、被告坂野はこれを争う。

3  第二事故による原告の休業損害の有無

原告は、第二事故によって外部打撲、外傷性肝損害のため慢性肝炎が重篤となったとして休業損害を主張し、被告村上は原告は第二事故以前から労務不能状態であったため休業損害はないと主張する。

4  原告の各事故による損害

第三争点に対する判断

(以下の書証番号は、併合前の平成九年事件及び併合後の書証番号。成立に争いのない書証、弁論の全趣旨により成立を認める書証については、その旨記載することを省略する。)

一  前提事実

甲第二号証の一、二、第三号証の一ないし二五、第四号証の一ないし三、第五、第六、第八号証、第九号証の二、第一七号証、第二〇号証の二、第二二号証の一、第二三号証の一、第二四号証の一、第二五号証の一、第二六号証の一、第二七号証の一、第四二号証の一、二、第四四号証の一ないし三、第四五号証の二、第七〇号証の三、第七七号証の五、第八一号証、第九一号証、第九三号証の一ないし一四、第九四号証、乙第一〇、第一二号証、証人黒川晋の証言及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、平成七年二月一日に第一事故に遭い、同日、神谷病院を受診した。同病院作成の診断書(甲二の一)によれば、傷病名は右膝挫傷、左第四・五指間挫傷、第五腰椎圧迫骨折であり、要加療見込日数二週間、入院加療は不要とのことであった。しかし、同病院作成の診療情報提供書(甲二の二)によれば、傷病名は右膝部、腰部挫傷、左手指擦過傷のみで骨折の記載はなく、甚だしい腰痛を訴え入院安静加療が良策かとの意見があると共に、レントゲン検査上著明な変化を認めていない旨の記載がある。

2  原告は、平成七年二月三日に名古屋市港区所在の中川整形外科を受診した。同病院作成の診断書によれば、このときの傷病名は「腰部挫傷(第五腰椎圧迫骨折)、右膝挫傷」であった。原告は同月九日から同年五月一三日までの九四日間同病院に入院治療し、平成九年七月一五日まで通院治療した(実通院日数五二〇日)。

3  原告は中川整形外科に入院後、平成七年二月一〇日に行った肝機能検査数値でGOT七八、GPT一七五の異常数値があり、これが同年三月一〇日にはGOT一八八、GPT三九〇となった(甲二二の一、二三の一)。

この肝機能数値の異常につき、原告作成の書面(甲二三の二、五二の一)には、同病院に入院中の三月一〇日、中川武久医師から「内臓系肝臓を交通事故で損傷したので血液、急激にGOP、GOTの値が上昇しています。肝臓にも異常が出ているので、要注意をして絶対安静。」との話があった旨の記載があるが、肝損傷の説明があったとの内容は同病院の上記診断書の内容に照らし信用することができない。

4  原告は、中川整形外科退院後の平成七年一二月六日に中部労災病院内科を受診した。受診当初の傷病名は慢性肝炎であり(甲四の一)、肝のう胞の所見も認められた。また、原告は、平成七年一二月六日に東洋病院も受診しており、ここでも肝機能障害と診断された(甲四の三、甲五)。肝機能検査数値の異常は平成九年四月も続いていた。しかし、中部労災病院作成の診療情報提供書(甲四の二)によれば、原告の傷病名は平成八年五月に既に慢性C型肝炎、脂肪肝と診断されており、同病院の原告の主治医である黒川晋医師は、原告の肝機能異常はC型肝炎、脂肪肝によるものと当初から考えていた(甲八、証人黒川)。

原告は、肝機能障害につき中京病院、腰部挫傷につき名鉄病院にも受診している。

5  原告は、本件第一事故以降就労していないところ、平成九年三月一日から平成一〇年九月一八日まで慢性肝炎のため労務不能との診断書がある(甲九三の一ないし一四)。

6  原告は、平成八年一二月二三日、右大腿部の腫瘍からの出血が止まらなかったため、翌平成九年一月六日に名古屋掖済会病院を受診し、同日全摘手術を受け、後日血管拡張性肉芽腫と診断された(甲六、甲九の二)。

甲第九号証の一には、この血管拡張性肉芽腫につき、「平成七年二月一日右膝から腰椎にかけて、強く強打した為このような血管(血液)の流れを妨げ、異常な生活(今まで交通事故する前は、毎日運動をしていたが、急に運動生活に制限した為」と名古屋掖済会病院が第一事故と因果関係がある旨の説明をした趣旨にとれる記載があるが、同書証は原告自身が作成したものであり、これを裏付ける証拠はない。

7  原告の肝機能検査数値は、第一事故以前、昭和五九年七月六日当時はGPT三九とほぼ標準値程度であったが(甲一七)、平成五年一〇月二五日には、GOT三七、GPT八一と特にGPTで異常数値を示し、当時身長一六三・四センチメートルに対して体重一一〇・五キログラムであったこともあって健康診断の結果として要観察との判断が示されている(甲二〇の二)。

8  原告の腰部挫傷は、中川整形外科においては平成九年七月一五日に症状固定と診断されているところ(傷病名・腰部挫傷、第五腰椎圧迫骨折の疑い)、腰痛、右下肢知覚障害等の自覚症状のほかに明らかな他覚症状は認められず(甲四二の一)、また、名鉄病院では平成九年七月八日に症状固定と診断されているところ、傷病名は腰部脊柱管狭窄症となっている(甲四二の二)。原告の後遺障害につき、自賠責保険に関する事前認定手続では後遺障害等級一四級一〇号と認定されている(弁論の全趣旨)。

9  原告は、平成九年九月二一日に本件第二事故に遭遇して名古屋掖済会病院を受診し、頸部挫傷により全治約一〇日間を要する見込みと診断された(甲四四の一)。平成九年一一月一〇日には外傷性左肩関節炎が加わった(甲四五の二)。その後平成一〇年三月二日付けの同病院作成の診断書では、傷病名は「頸部、腰部挫傷、外傷性頸椎症、外傷性第六頸椎剥離骨折、外傷性頸椎椎間板ヘルニア」となった(甲四四の三)。このうち第六頸椎剥離骨折は単純レントゲンでは証明されず後日のMRI検査で明確になったものであり、骨片数は一個、大きさは二ミリ×二ミリ×一ミリ程度であった。また、椎間板突出も後日のMRI検査で明らかとなったもので、その程度は軽度であり、自覚症状への影響は不明確であるとの医師の判断であった(乙一二)。原告はこの傷害の治療として事故当時から中川整形外科を受診して理学療法を受けると共に事故から二年経過後も名古屋掖済会病院整形外科にも通院しているが、自覚症状の軽減は認められていない。しかし、症状固定の診断は得られていない(甲一三二、乙八、九)。第二事故以後、外傷性肝損傷の疑いを記載する診断書もあるが平成九年九月三〇日に治癒となっている(甲九四)。また、平成一〇年一月二三日に尿潜血反応、尿蛋白が認められているが(乙一〇)、第二事故による腎損傷の所見はない(甲七七の五、甲八一)。

二  争点1(第一事故と原告の肝機能障害及び血管拡張性肉芽腫の因果関係の存否)について

1  肝機能障害との因果関係

原告は、第一事故による肝損傷により肝のう胞が生じて肝機能障害となったと主張するところ、前記認定のとおり、第一事故後に肝機能検査数値の異常がみられ、また、中部労災病院への受診当初から肝のう胞があった事実が認められる。

しかし、前記認定の事実及び証人黒川晋の証言によれば、第一事故後数日経過してから入院治療を開始した経過などに照らし肝外傷あるいは外傷性の肝のう胞が発症したものとは認められないこと、肝のう胞の存在自体は肝機能に影響を与えるものではないこと、むしろ原告の肝機能障害はC型肝炎ウイルスの感染及び脂肪肝を原因とするものと認められるところ、C型肝炎ウイルスの感染から発症までには一ないし三か月の期間が必要であり、かつ、第一事故の治療に関してC型肝炎ウイルスの感染を疑わせるような事情の認められないこと、原告には第一事故の一年半程度前に既に肝機能数値の異常が認められており、脂肪肝につながる著しい肥満もあったことに照らすと、事故後の肝機能検査数値の異常や肝のう胞の存在をもって原告の主張を認めることはできず、他に第一事故と原告の肝機能障害との因果関係を認めるに足る証拠はない。

2  血管拡張性肉芽腫との因果関係

前記認定のとおり、原告には第一事故後に血管拡張性肉芽腫が発症した事実が認められるが、右の発症は第一事故の約一年一〇月後であって、その時間的間隔からしてこれと第一事故との間に因果関係があるとは認められず、他に因果関係の存在を認めるに足る証拠はない。

三  争点2(第一事故による原告の後遺障害の有無)について

1  前記二1に認定のとおり第一事故と原告の肝機能障害との間に因果関係は認められないから、肝機能障害を理由とする原告の後遺障害の主張は理由がない。

2  前記認定によれば、原告は第一事故後、腰部挫傷(第五腰椎圧迫骨折の疑い)あるいは腰部脊柱管狭窄症の症状があったものの遅くとも平成九年七月一五日に症状固定となったことが認められる。原告は、症状固定時、腰椎に著しい運動障害を残し、後遺障害等級六級を下らないと主張する。しかし、前記認定によれば、第五頸椎圧迫骨折の所見はレントゲンでも明らかに確認できず、症状固定まで疑いの域を出なかったものであって、これに照らしても腰部脊柱管狭窄症の所見は外傷による障害とは認められず、したがって、原告の腰椎の症状は自覚症状にとどまるものと認められる。そうすると、原告の症状固定後の腰部痛は後遺障害等級一四級一〇号が相当であると認められる。

四  争点3(第二事故による原告の休業損害の有無)について

前記認定のとおり、原告は、第一事故後、既に肝機能障害が悪化して稼働できない状態にあったものであり、第二事故により一時的に肝機能障害が悪化することがあったとしても、これにより新たに原告に休業損害が生じたとは認めることができない。

五  争点4(原告の損害)について

(平成九年事件)

1 治療費等(請求額一六万八九一一円) 一万七六八〇円

前記認定のとおり、原告は、第一事故後、神谷病院、中川整形外科、中部労災病院、東洋病院、名古屋掖済会病院、名鉄病院及び中京病院に入通院治療したことが認められるが、このうち、中部労災病院、東洋病院及び中京病院は肝機能障害の治療を目的とするものであるから、第一事故との間に因果関係を認めることができない。また、名古屋掖済会病院は血管拡張性肉芽腫の治療を目的とするものであるから第一事故との間に因果関係を認めることができない。更に中川整形外科のほかに同時期に名鉄病院において通院治療を受ける必要性は認められない。

そこで、原告の請求する治療費のうち、症状固定日である平成九年七月一五日までの中川整形外科分一万七六八〇円(平成九年三月分三一九〇円全額、同年四月分二八七〇円全額、同年五月分三〇一〇円全額、同年六月分三〇六〇円全額、同年七月分のうち同月一五日までの分として半額一五五〇円、診断書料四〇〇〇円。甲一三の二ないし七)を第一事故と相当因果関係に立つ損害として認める。

2 入院雑費(請求額五〇万円) 九万四〇〇〇円

前記認定のとおり、原告は第一事故により九四日間入院治療した事実が認められるところ、この全期間について一日当たり一〇〇〇円の割合で入院雑費を認めるのが相当である。

3 休業損害(請求額七五九万三六〇〇円) 三六五万二二一八円

甲第一六号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は第一事故当時営業職として稼働し、一日当たり一万〇三一七円の収入があったことが認められる。原告は第一事故後稼働しておらず、二年間の休業損害を請求するが、前記認定のとおり原告には本件事故と因果関係のない肝機能障害もあったことに照らすと、入院期間中の九四日間について一〇〇パーセント、症状固定までの中川整形外科の通院日数合計五二〇日(甲四二の一)について五〇パーセントの休業損害を認めるのが相当である。

10,317×94+10,317×520/2=3,652,218

4 逸失利益(請求額四三八〇万七七四四円) 三一万七五四三円

前記認定の原告の後遺障害の程度に照らすと、後遺障害による原告の逸失利益は、症状固定後二年間につき五パーセントと見るのが相当である。

10,317×365×5%×(3.5459-1.8594)=317,543

5 慰謝料(請求額 傷害慰謝料二〇〇万円・後遺障害慰謝料四八四万円)

傷害慰謝料二〇〇万円、後遺障害慰謝料一〇〇万円

前記認定の入通院の状況、後遺障害の程度に照らすと、原告の傷害慰謝料は二〇〇万円、後遺障害慰謝料は一〇〇万円を認めるのが相当である。

6 小計 七〇八万一四四一円

7 損益相殺

乙第一四号証及び弁論の全趣旨によれば、被告坂野から原告に対して九〇四万〇四六七円が支払済みであるから、これを右の損害額から控除すると、被告坂野が賠償すべき損害残額はない。

8 弁護士費用

右の認定に照らし、第一事故と相当因果関係に立つ弁護士費用は認めることができない。

(本訴・反訴事件)

1 治療費(請求額九七万五五五五円)一二二万〇七七五円

乙第一五号証及び弁論の全趣旨によれば、第二事故に基づく治療費として一二二万〇七七五円を認めることができる。

2 通院交通費(請求額五〇〇〇円) 一万五六五〇円

乙第一五号証及び弁論の全趣旨によれば、第二事故に基づく通院交通費として一万五六五〇円を認めることができる。

3 休業損害(請求額一三五万円) 零円

前記認定のとおり、原告には第二事故により新たに休業損害が発生したとは認められない。

4 傷害慰謝料(請求額一五〇万円) 一五〇万円

前記認定の第二事故後の治療状況、第二事故当時第一事故による腰痛等の後遺障害が認められることに照らすと、原告の第二事故による傷害の治療期間は事故から一年程度に限って本件事故と相当因果関係があるとみるのが相当であり、これに照らすと傷害慰謝料として一五〇万円が相当である。

5 人身損害小計 二七三万六四二五円

6 物的損害 三〇万円(争いがない)

7 損益相殺

乙第一一、第一三、第一五号証、弁論の全趣旨によれば、被告村上は、原告の人身損害につき合計二〇二万七九七五円、物的損害につき四五万円を支払済みであるから、これを右の各損害から控除すると、被告村上が賠償すべき損害は人身損害につき七〇万八四五〇円と認められる。

8 弁護士費用(請求額四〇万円) 七万円

右に認定の損害の内容に照らし、第二事故と相当因果関係に立つ弁護士費用としては右の額が相当と認める。

三 結論

以上によれば、原告の請求は、被告村上に対する反訴請求のうち七七万八四五〇円の限度で理由がある。反訴請求の訴状送達の日が平成一〇年八月七日であることは本件記録上明らかである。また、被告村上の本訴請求は、原告から反訴請求があることに照らし確認の利益を欠くことが明らかである。

(裁判官 堀内照美)

事故目録

1(一) 日時 平成七年二月一日午前八時〇五分ころ

(二) 場所 名古屋市港区七島二丁目一四四番地先路線上

(三) 加害車両 被告坂野運転の普通乗用自動車

(四) 被害車両 原告運転の普通乗用自動車

(五) 事故態様 加害車両が被害車両の先行車に接触してガードレールに衝突し、はずみで被害車両に衝突した。

2(一) 日時 平成九年九月二一日午後九時三五分ころ

(二) 場所 愛知県豊明市阿野町三本木一二一番地先路線上

(三) 加害車両 被告村上運転の普通乗用自動車

(四) 被害車両 原告運転の普通乗用自動車

(五) 事故態様 前車が停車したためあわてて自車を停車させた被害車両に加害車両が追突した。

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